菊地さん

20年前の思い出

20年前、私は総合商社の子会社で働いていました。私は子会社の正社員、彼女、菊地さんは派遣社員でした。社員はほとんどが親会社からの出向でした。給与体系も大幅に差がありました。

私はそんなこと、あまり気にしたりしないのですが、私と菊地さんは同じく肩身の狭い職場でした。

そんなこともあり、私はいつも独りの菊地さんに、ランチを誘ったりしていました。彼女からも「菊地です」で始まるメールでランチの誘いがあったりしました。

あるときはどこのレストランにしようかと迷っていると、大きな荷物を背負ったおばあさんがおられ、駅の改札まで荷物をもってついて行ってあげたりしました。おかげでランチを食べそこない、笑って帰ったりしました。

しかしそんな二人を会社の連中は「不倫」とみなし、社内メールで噂をかきたてているようなのです。どうですかね。静かな屋内でみながパソコンに向かい、仕事もせずに人の悪口を言い合う。なんとも奇妙な風景です。

菊地さんには旦那様がおられるのでディナーには行きません。たまにランチに行ってバカな話をするだけです。

もう一度、言いますが、菊地さんはいつも独りです。何故、気を遣ってあげないのでしょう。そして私たちは不倫しているのでしょうか。

地位や給料のいい多数派がそうでないものを見下す。そんな職場が多いんでしょうね。

お互いにいたわりあってこそ成り立つ人間社会。それができない会社では勤めたくありません。

ある日、菊地さんから一本のメールが来ました。

「菊地です。今日でこの会社、最後です。お世話になりました」

派遣社員の退職など誰も見向きもしない。

桜の花の散りかけた日のことでした。


 

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